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Archive for 11月 2004

経口妊娠中絶薬 ミソプロストール misoprostol ミフェプリストン mifepristone

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いわゆる 中絶ピル (abortion pill), 経口中絶薬について、米国食品医薬品局FDAの評価と解説(日本語訳)をお知らせいたします。
· misoprostol (ミソプロストール, 米国内商品名 Cytotec)
子宮収縮薬(刺激薬), 合成プロスタグランジン PGE1 類似薬
リスク分類「X」
ヒト胎児へのリスクについては、明白なエビデンスがあります。
胎児へのリスクがあっても、妊婦が重篤な病気に罹患していたり、生命を脅かされた状態のときなど、母体にとって有益であれば、本剤使用が正当化されるかもしれません。
動物やヒトにおける研究により、胎児の異常が確認されています。
薬剤使用に伴う胎児のリスクが有益性を上回ることは明白です。
妊婦(または、妊娠している可能性のある女性)には、本剤は禁忌です。使用してはいけません。
[胎児へのリスク]
動物実験では、催奇形性、突然変異性、毒性はみられません。
流産を誘発するので、妊娠中の使用は禁忌です。
妊娠初期に流産しなかったとき、四肢・指・頭蓋骨の欠損、腹壁破裂、両側性脳神経麻痺 (顔面両麻痺”メビウス症候群”) 、口唇・口蓋裂を来たします。すべての異常は、ミソプロストールによる胎児血管障害に由来します。
[授 乳]
新生児、乳児は下痢を起こしますので、授乳は禁忌です
· mifepristone (ミフェプリストン, RU486, 米国内商品名 Mifeprex)
http://www.fda.gov/cder/drug/infopage/mifepristone/
最新情報
··· 妊娠早期 49日以内での使用を承認した(2000年)。FDA および Danco Laboratories は、重篤な細菌感染症、出血、異所性妊娠の報告を受けた。上記合併症により子宮破裂、死亡 (FDA宛て最近報告がなされた敗血症による死亡例を含む) に至っている。 ···(11/15/2004)
カテゴリ「A-X」については、
http://category.xrea.cc/drugs/000001.html
のリンク先でご確認下さい。
FDA: A, B, C, D, X
TGA: A, B1, B2, B3, C, D, X

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2004/11/29 at 12:27

カテゴリー: 妊娠、授乳とクスリ

timolol holiday IOP drift タキフィラキシー 緑内障

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緑内障治療薬の点眼中に見られる眼圧ドリフトの一因と「チモロール ホリデー」
同一薬剤を使用し続けると、効果が減弱することがあり、「耐薬性」とよばれています。一般的には、長期間の投薬による効果減弱を「耐性」、短時間内で効果が低下するときは「タキフィラキシー tachyphylaxis」といいます。また、使用しない薬剤であっても、「耐薬性」を来たした薬物と作用機序などが類似した薬物の効果も減弱することを「交差耐性」といいます ( あーりーず すぺーす さんのページ から引用) 。
眼科治療薬の中で、緑内障治療薬の一部、特に「交感神経ベータ遮断薬 (ベータ ブロッカー, &#946 ブロッカー) 」については タキフィラキシー tachyphylaxis が知られています。タキフィラキシーが生ずると、眼圧がドリフトするため、英語論文では”IOP drift”, “long term drift” ともよばれます (下記2論文の主題であるlong-term drift は「長期眼圧ドリフト」と訳しました )。
タキフィラキシーによる眼圧変化に用いられる「ドリフト」の日本語訳として、変動というより「定向変化」が最もマッチするかもしれません。参照: @nifty翻訳
long term drift の特徴
· 月、年単位の治療後に眼圧がゆっくり着実に上昇する。
· 治療が無効となる
因みに、”short term escape” という現象もベータ遮断薬では起こることがあります。
short term escape の特徴
· 治療を開始すると、数日から数週間は眼圧降下するが、その後に眼圧の上昇を来たす。さらに、2週から4週間経過すると、眼圧が安定し、しばしば、治療前の眼圧値に比べて低い状態で安定する。
( 2つの用語解説は http://www.nova.edu/~jsowka/glaucmeds.html から引用 )
チモロール点眼液の休薬後に、本剤を再投与すると、再び眼圧下降効果が回復することもよく知られています。ベータ遮断点眼薬の開発史上、timolol (チモロール, 商品名 チモプトールなど) での臨床研究が多く、本現象は”チモロール ホリデー timolol holiday” とよばれています。
しかし、タキフィラキシー、チモロール ホリデーなどは、必ず発現する現象ではなく、またその期間についても不定のようです。また、チモロールの同効薬での発現頻度や交差耐性の問題は、すべて調査できませんので、主治医、薬剤師、製造・販売薬品メーカーにお尋ね下さい。
· 原発開放隅角緑内障における長期(眼圧)ドリフト後のチモロール感受性回復について
Invest Ophthalmol Vis Sci. 1990 Feb;31(2):354-8.
http://www.iovs.org/cgi/content/abstract/31/2/354
Restoring sensitivity to timolol after long-term drift in primary open-angle glaucoma
SA Gandolfi
Istituto di Oftalmologia, Universita di Parma, Italy.
«要約の邦訳»
6ヶ月間の前向き無作為シングル盲検化臨床試験 (prospective randomized single-masked study (訳者注: 注1 )を実施した。対象症例は、チモロール0.5% 点眼液(訳者注: 国内での商品名 チモプトールなど) 使用中に長期眼圧ドリフトを生じた原発開放隅角緑内障症例 39眼であり、30日ないし60日間の休薬 “timolol holiday チモロール ホリデー”を行った。対象症例39眼中 23眼については、チモロール点眼液の休薬”ホリデー”中に、ジピベフリン0.1% 点眼液 (訳者注: 注2) 一日2回を点眼した。チモロール治療を再開したとき、ジピベフリン非投与群では 軽度の眼圧下降(3.9 +/- 1.2)が短期間 (60日以内) 見られたが、ジピベフリン治療群では、より顕著な眼圧下降 (8.2 +/- 1.5)が得られた。
ジピベフリン治療群では、チモロールを60日間休薬した症例の方がチモロールの効果は優れていた: 経過観察中、眼圧は 23mmHg未満を維持した。
· 長期間の眼圧ドリフトとチモロール治療: パルス治療の役割
Int Ophthalmol. 1992 Sep;16(4-5):321-4.
Long-term drift and timolol therapy: possible role for pulsed therapy.
Batterbury M, Harding SP, Wong D.
St. Paul’s Eye Hospital, Liverpool, UK.
«要約の邦訳»
交感神経ベータ遮断薬の点眼治療を行うと、眼圧コントロール不能に至る「長期眼圧ドリフト」現象を来たすかもしれない。ベータ遮断薬の点眼を中止すると、ベータ遮断薬に対する感受性が復活したり、この休薬中に交感神経拮抗薬を投与すると、ベータ遮断薬の効果が増強する可能性が示唆されていた。
この仮説を検証するため、チモロール治療中の高眼圧患者9症例を対象として臨床試験を行った。チモロール中止、4週間のジピベフリン治療(訳者注: 注2)、チモロール再投与。さらに4週後に同じ治療サイクルを行った。眼圧を2週毎に測定した。チモロール再投与2週後の眼圧は有意に低下した(第1回目 3.2 mmHg, 第2回目 3.4 mmHg, 共に p < 0.01)。チモロール中止とジピベフリン治療とは、眼圧に関して有意な関連性はなかった。
==
訳者注: 注1
single-masked study の正式な日本語訳はない。臨床試験の方法の1つ。検者(検査、診察、調査を行う者)は、被検者 (対象症例、登録・参加患者)が受けている治療や調査内容を知っているが、被検者には知らされていない。
訳者注: 注2
塩酸ジピベフリン点眼液は眼内に浸透後、化学構造がエピネフリンに変化し、本来の薬理効果である交感神経刺激作用を発揮する。眼圧下降作用は主に房水流出促進効果によるものである。交感神経&#946 遮断薬とは拮抗的に作用する。商品名 ピバレフリン点眼液、ジピベフリン点眼液T

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2004/11/28 at 14:46

カテゴリー: Uncategorized

検査用散瞳点眼薬 (商品名 ミドリンPなど)

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合剤(トロピカミド・塩酸フェニレフリン)です。各成分の胎児、授乳時の影響は下記のとおりです。
ただし、点眼液による毒性、副作用ではありませんので、ご使用時は主治医にお尋ね下さい。
米国食品医薬品局FDAの評価と解説(日本語訳)をお知らせいたします。
■ 塩酸フェニレフリン Phenylephrine
リスク分類「C」
【胎児へのリスク】
いくつかの動物種では、催奇形性があります。ヒトを対象とした比較臨床試験はありませんが、妊娠初期では、目、耳に関した異常、指の欠損、内反足の関連性が疑われており、妊娠中すべての時期で、筋骨格系欠損、臍(帯)ヘルニアとの関連が疑われています。
子宮血管の攣縮、子宮筋を収縮させる分娩時の薬剤 (オキシトシン製剤) の作用増強により、胎児の低酸素症や徐脈を来たします。
【授 乳】
データはありません。
■ トロピカミド Tropicamide
リスク分類「未分類*」
【胎児へのリスク】
ヒトや動物の胎児に対する研究はありません。
【授 乳】
ヒトでは授乳による副作用の報告はありません。
注「未分類」とは ⇒ 本エントリ作成時、ホームページ上ではリスク分類(評価)「not available」となっています。リスクが評価、分類される時期については不明ですので、「未分類」の医薬品は safefetus.comなどでご確認下さい。
カテゴリ「A-X」については、
http://category.xrea.cc/drugs/000001.html
のリンク先でご確認下さい。
FDA: A, B, C, D, X
TGA: A, B1, B2, B3, C, D, X

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2004/11/20 at 12:35

カテゴリー: 妊娠、授乳とクスリ

眼窩腫瘍レビュー 米国1264例, 日本244例

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[文献 1] 眼窩腫瘍と類似病変を有する 1264症例の調査: 2002年Montgomeryレクチャー, パート1.
Ophthalmology. 2004 May;111(5):997-1008.
Survey of 1264 patients with orbital tumors and simulating lesions: The 2002 Montgomery Lecture, part 1.
Shields JA, Shields CL, Scartozzi R.
Oncology Service, Wills Eye Hospital, Thomas Jefferson University, Philadelphia, Pennsylvania 19107, USA.

目的: 眼部腫瘍センターにて紹介受診となった症例に基づいて眼窩腫瘍の発生頻度を決定する
研究デザイン: 後向き調査法にて診察を行った症例の調査を行う。
参加者: 眼窩内占拠性病変のため、眼部腫瘍センター( ocular oncology center) にて受診した合計 1264症例。
方法: 過去30年余りの期間に眼窩腫瘤が疑われ紹介受診した1264症例について、後向きチャート(訳者注: 診療録などの)レビューを行った。病変は一般カテゴリーに分類し、個々の症例の診断は、臨床所見, CT, MRI, 病理組織学的検査に基づいて行われた(検査項目は検査可能であったもの)。年齢層別に良性および悪性腫瘍の例数および頻度 (%)も調査した。
主要な結果: 眼窩腫瘍、偽腫瘍の頻度
結果: 1264症例中、病変数と頻度について、

一般カテゴリー分類:

嚢胞性 cystic 70 cases (6%)
血管原性 vasculogenic 213 cases (17%)
末梢神経病変 peripheral nerve lesions 23 (2%)
視神経および髄膜性腫瘍 optic nerve & meningeal tumors 105 (8%)
線維細胞性病変 fibrocytic lesions 13 (1%)
骨性および線維骨性腫瘍 osseous & fibro-osseous tumors 21 (2%)
軟骨性病変 cartilaginous lesions 1 (<1%)
脂肪細胞性および混合腫様病変 lipocytic & myxoid lesions 64 (5%)
筋原性腫瘍 myogenic tumors 36 (3%)
涙腺病変 lacrimal gland lesions 114 (9%)
原発性色素細胞性病変 primary melanocytic lesions 11 (<1%)
転移性腫瘍 metastatic tumors 91 (7%)
リンパ腫および白血病性病変 lymphoma & leukemia lesions 130 (10%)
続発性眼窩腫瘍 secondary orbital tumors 142 (11%)
組織球性病変 histiocytic lesions 17 (1%)
甲状腺関連眼窩疾患 thyroid-related orbitopathy 67 cases (5%)
他の炎症性病変 other inflammatory lesions 133 (11%)
その他 miscellaneous other lesions 13 (1%).

主要な診断名:

リンパ系腫瘍 lymphoid tumor (139 cases;11%)
特発性眼窩内炎症 idiopathic orbital inflammation (135 cases; 11%)
海綿状血管腫 cavernous hemangioma (77 cases; 6%)
リンパ管腫 lymphangioma (54 cases; 4%)
髄膜腫 meningioma (53 cases; 4%)
視神経膠腫 optic nerve glioma (48 cases; 4%)
転移性乳癌 metastatic breast cancer (44 cases;4%)
脈絡膜悪性黒色腫の眼窩内進展 orbital extension of uveal melanoma (41 cases; 3%)
毛細血管腫 capillary hemangioma (36 cases;3%)
横紋筋肉腫 rhabdomyosarcoma (35 cases; 3%)
皮様脂肪腫 (成熟脂肪組織を有する類皮腫) dermolipoma (31 cases; 3%)
眼窩脂肪ヘルニア herniated orbital fat (30 cases; 2%)
皮様嚢胞 dermoid cyst (26 cases; 2%)
静脈瘤 varix (26 cases; 2%),
涙腺排出管嚢胞 dacryops (19 cases; 2%)
その他のまれな疾患

悪性、良性の頻度(1264 病変の内訳):
全年齢では、良性 810 (64%), 悪性 454 (36%)
年齢層別悪性頻度: 20% (小児 0-18 才), 27% (若年成人・中年 19-59 才), 58% (高齢者 60-92 才)
最も多い悪性腫瘍:
小児 (0-18才): 横紋筋肉腫 3% (全眼窩腫瘤中)
高齢者 (60才以上): リンパ腫 10%

結 論: いろいろな腫瘍、偽腫瘍が眼窩内に発生する。1264 病変中、良性 64%、悪性 36% であった。悪性腫瘍の頻度は年齢とともに増加し、高齢者 (60才以上)では、より高齢者のリンパ腫と転移性腫瘍の増加とともに、悪性腫瘍の頻度は良性を上回った。

[他の解説ページ:発生頻度の高い眼窩腫瘍について]
eMedicine – Tumors, Orbital
    http://www.emedicine.com/oph/topic758.htm
Author: Michael Mercandetti, Surgery, Doctors Hospital of Sarasota

Top 3 pediatric tumors are dermoid cysts, capillary hemangiomas, and rhabdomyosarcoma.
小児でのトップ3: 皮様嚢胞, 毛細血管腫, 横紋筋肉腫

Top 3 adult tumors are lymphoid tumors, cavernous hemangiomas, and meningiomas.
成人でのトップ3: リンパ系腫瘍, 海綿状血管腫, 髄膜腫

[追加エントリー 2005/5/29: 文献 2]
21年間に日本人患者にみられた眼窩腫瘍 244腫瘍のレビュー: 原発部位と存在部位.
Jpn J Ophthalmol. 2005 Jan-Feb;49(1):49-55.
A review of 244 orbital tumors in Japanese patients during a 21-year period: origins and locations.
Ohtsuka K, Hashimoto M, Suzuki Y.
Department of Ophthalmology, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo 060-8543, Japan.

目的: 患者年齢分布、病理、腫瘍原発部位や存在部位を確定するために眼窩腫瘍 244症例をレビューする。
方法: 1981年から2002年の期間、自施設における組織病理学的または放射線学的に確かめられた眼窩腫瘍例をレビューし、患者年齢、病理、腫瘍原発部位、眼窩内の腫瘍部位を調査した。連続したレビュー症例 244例は、年齢 0歳から 90歳、平均年齢 48.7歳、男性 114例、女性 130例であった。
結果: 244症例中、213症例 (89%) は原発性眼窩腫瘍、23症例 (9%) は隣接部位に発生した続発性腫瘍、 8症例 (2%) は転移性腫瘍であった。眼窩内の腫瘍部位に関しては、122腫瘍 (50%) は筋円錐外、36腫瘍 (15%) は筋円錐内であり、86腫瘍 (35%) は涙腺部位であった。主な腫瘍は、
筋円錐外では、
反応性リンパ系過形成 reactive lymphoid hyperplasia (22%)
悪性リンパ腫 malignant lymphoma (20%);

筋円錐内では、
海綿状血管腫 cavernous hemangioma (25%)
視神経の神経膠腫 optic nerve glioma (14%)
視神経鞘の髄膜腫 optic nerve sheath meningioma (14%);

涙腺部位では、
悪性リンパ腫 malignant lymphoma (40%)
多形性腺腫 pleomorphic adenoma (24%)
であった。
244症例の年齢分布をみると、0歳から 9歳、60歳から69歳に2つのピークがあった。
0歳から 9歳までの患児では、
類皮嚢胞 dermoid cyst (26%)
視神経の神経膠腫 optic nerve glioma (11%)
毛細血管腫 capillary hemangioma (11%)
出血性リンパ管腫 hemorrhagic lymphangioma (11%)
が多かった。
一方、40歳以上の患者では、
悪性リンパ腫 malignant lymphoma (31%)
眼窩偽腫瘍 orbital pseudotumor (24%)
多形性腺腫 pleomorphic adenoma (10%)
海綿状血管腫 cavernous hemangioma (9%)
が多かった。
結論: 眼窩腫瘍の病理学的プロフィールは、患者年齢、眼窩内の腫瘍部位によって特徴があった。発症時年齢、腫瘍部位、放射線学的所見は、生検、腫瘍切除前の腫瘍診断や治療戦略を決定するために重要な情報を提供する。

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2004/11/06 at 13:19

カテゴリー: 眼窩

Whiplash 頚部捻挫 むちうち症 と眼症状

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頚部捻挫 (頚椎捻挫, 俗称 “むちうち症“、”ムチウチ症”) による眼症状として、Burke JPらは下記論文において、25.6% (10/39症例)の症例が眼症状を自覚し、かつ、眼所見を有していたと報告した。
【要約、考案の一部抜粋】
受傷後9ヶ月以内 (2例を除いて) に、眼症状は完全に消失している。頚部捻挫では、眼症状が起こっても3ヶ月以内に症状が消失することが多かったので (また、実際には眼科未受診で自然治癒する軽症のケースも多いので)、眼球運動異常は一般的には軽症で経過も良いことが多いと考えられるが、眼症状が持続するようであれば、眼科診察・適切な眼科治療も必要である。
■ むちうち症 (Whiplash)による視覚系への影響
Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol. 1992;230(4):335-9.
Whiplash and its effect on the visual system.
Burke JP, Orton HP, West J, Strachan IM, Hockey MS, Ferguson DG.
Department of Ophthalmology, Royal Hallamshire Hospital, Sheffield, United Kingdom.
訳者注: 論文中には、視差を 度 °で表示したところが数箇所あった。ミスプリントと考え、立体視機能の単位をすべて 秒(視差)と記述した。
対象症例と調査方法:
Royal Hallamshire 病院の事故救急部(A & E)にて受診した交通事故による頚椎の軟部組織損傷「むちうち症」患者のうち、縦断的調査に合意した症例(調査期間: 4ヶ月以上)。直接的な頭部外傷患者は除外した。
受傷後一週以内に初回眼科検査を行い、6週以内に第2回目の診察を行った。
結果:
39症例 (男性 17, 女性 22)、受傷時年齢 17-65 (平均 29.9) 才であった。
22症例 ⇒ 外傷に関連した眼症状や眼所見はなかった。
    4例: 初回眼科検査で正常であり、第2回の検査受診なし。
    14例: 平均3ヶ月の期間中、眼症状・所見なし。
    4例: 受傷後には新たな症状はなかったが、受傷前から軽度の外斜視 (case19, 20, 21)、交代性外斜視(case 22)をみとめた。
4例 ⇒ 調査期間中、眼症状の自覚はなかったが、検査上異常があり、経過観察中に異常所見は消失した。
      case23: 立体視機能の減退、5ヶ月後に改善。120 => 30秒(視差 TNO検査)
      case24: 眼球運動は、”歯車状”滑動性運動(cogwheel pursuit)を呈していたが、第2回目の検査で消失した。 
      case25: 頭位異常を伴う左上斜筋の軽度運動障害は持続性であった。水平衝動性運動・滑動性運動の障害(hypometric horizontal saccade, cogwheel pursuit)は6週までに正常化し、輻輳・調節幅・基底耳側プリズム融像幅(base-out prism fusion range)の減退については常に無症状であったが、5ヶ月後には未治療で正常化した。
      case26: 水平衝動性運動・滑動性運動の障害(hypometric horizontal saccade, cogwheel pursuit)および 立体視機能の減退があったが、立体視機能は3ヶ月後までに 240 => 60秒(視差 TNO検査)に自然治癒した。
3例 ⇒ 無症状であったが、調査中は異常所見が持続した。
      case27: 立体視機能の減退 240秒(視差)、正常プリズム融像幅は8ヶ月後も継続。
      case28: 9ヶ月の時点でも調節・輻輳の幅は悪かった。強度近視。
      case29: 22才学生。基底耳側プリズム融像幅、立体視機能は正常であったが、調節幅は減退し、対光反応は遅滞し、外傷後片頭痛が持続した。
10症例 ⇒ 外傷後に目の症状と所見を伴った。全例、受傷1週以内では明らかな頚椎運動制限があったが、神経学的異常所見は伴わない(グループ 2)。
    3例: 受傷後8週以内に完全治癒した (case30, 31, 32)
      case30: 受傷後1時間以内に右眼上斜筋麻痺による垂直性複視を来たした。10日後には複視は自然消失し、Leesスクリーンチャート検査は正常化した。
      case31: 受傷後24時間以内に、かすみと遠見障害を来たした。左上斜筋の運動障害があり、立体視機能は 60-240秒(視差)に低下し(4週後には 30秒に改善)、調節不全も見られた。受傷後4週には症状・所見は消失した。
      case32: 受傷10日後に輻輳・調節不全を呈したが、輻輳訓練も行い8週以内に治癒した。
    7症例: 8週以上、視覚症状が続いた。
      2例: 症状は改善したが、受傷後12ヶ月においても治癒していない (case33, 34)。
      case35: 核上性眼球運動障害と輻輳・調節障害が持続していたが、経過観察途中で調査できなくなった。
      4例(case 36-39): 症状は3ヶ月-9ヶ月以内に消失した。
全例(1症例 case33 を除いて)、眼球運動系の異常による眼症状であった。この1例は、受傷後1時間以内に両眼の飛蚊症に気づいた。12ヶ月後も自覚している。超音波検査では、両眼の硝子体剥離と診断された。
考案:
25.6% (10/39症例中)に眼症状を自覚し、かつ、眼所見を有した。10症例は全例、受傷1週以内では明らかな頚椎運動制限があったが、神経学的異常所見を伴わない群(グループ 2)であった。2症例 5.1%(case33: 両眼の硝子体剥離, case34:輻輳・調節・融像幅の減退)は、12ヶ月後も症状が持続している。
Duke-Elder (訳者注: 世界中でバイブル的な眼科医学全書の著者) により報告され、むちうち症で最も多い眼所見とされていたホルネル症候群 (頸部交感神経節障害) は、自験例39症例中には見られず、また、過去の後向き調査論文3編においても1例だけ報告されているに過ぎない。むちうち症とホルネル症候群との関連が強調されすぎていた可能性を示唆している。
【輻輳・調節障害】
今回の縦断的調査と過去の後向き調査から、主な症状は、輻輳障害と調節力の障害であった。輻輳・調節力障害の原因は今だ充分に解明されていないが、脳幹部レベルの異常ではないかといわれている (下記の動物実験や症例報告などから)。
霊長類による実験的「むちうち症」の病理結果:
(Wickstrom,他 1970年)
損傷部位: 脳・脳幹部 32%; 脊髄 5%; 神経根 0.7%; 靭帯 11% 他部位(後咽頭部出血・眼球後方の出血, 筋肉, 椎間板) 2%
多くの症例では、輻輳障害と調節障害は同時に発生するが、ときに片方だけのことがある。両症状の併発は自験例39症例中7例で起こり、5例では9ヶ月後には消失し、1例は途中で調査できなくなり、1例は12ヶ月も症状が残ったが改善傾向があり、近用眼鏡 (両側度数+1.0D) を装用している。改善した経過の判明している5症例については、3例では自然に症状消失し、2例は輻輳訓練を行った。これらの症状を有する症例に対しては、発症時から回復に関して楽観的な予後予想してもよいと考える。
他の症状・所見
【脳神経麻痺による外眼筋運動異常】
過去の報告例: 一過性外転神経麻痺、上直筋麻痺(6ヶ月以上持続)、上斜筋麻痺(3ヶ月以内に消失)
自験例: 2症例(case30, 31) 受傷週時間以内に自覚した上斜筋不全麻痺。10日後、1ヶ月後に消失している。神経軸策断裂・伸展、第4脳、動眼神経、外転神経の神経核内の小出血や栄養血管の障害などが原因として考えられている。
【衝動性運動、滑動性運動、立体視機能の障害】
自験例4例 (case24-26, 35)で、無症状の核上性眼球運動障害が観察され、3例はすぐに消失した。一過性の脳幹部障害、頚部-脳にかけての自己受容感覚システム( proprioceptive system)の機能異常と考えられている。
立体視機能の単独障害 (case23)については、5ヶ月後には改善したが、原因は不明である。
【眼球の異常】
過去の報告例: 黄斑部での硝子体分離、中心窩の変化
自験例: 両眼の硝子体剥離
(・・考案の邦訳一部省略・・)
むちうち症では、眼症状が起こっても3ヶ月以内に症状が消失することが多かったので (眼科未受診で自然治癒する軽症のケースも多いので)、眼球運動異常は一般的には軽症で経過も良いことが多いと考えられるが、眼症状が持続するようであれば、眼科診察・適切な眼科治療も必要である。

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2004/11/03 at 15:00

カテゴリー: Uncategorized